巨石群を楽しむ位山
岐阜県飛騨に位置する位山(1,529m 二百名山)。天孫降臨伝説、宗教的な部分が色濃いイメージがあり、巨石巡り目的で以前から訪問したいと思っていた。
ここでは神秘的の山、位山登山であった事、感じたことを個人的視点で述べたいと思う。
長いものに遭遇
今回巨石群巡りが目的だったので一番近いダナ平林道登山口から登り始める。
少し上り始めると前方の細道に腹のでっぷりとしたうまそうな蛇が体を横たえていた。
ど真ん中にいるものだから踏むところだった。。。
足であっちへ行けと威嚇するも50㎝程道端に寄った程度で、驚いて逃げる気配なし。しかしそののんびりとした趣に癒しを感じる。
あちらもこちらを気にすることはないし、道を開けてもらったので怖いが坂道を歩む。
どうも普通の蛇とは雰囲気が違うので気になり下山後、蛇の特徴を調べてみるとマムシのようだった。
あの体格の良さとのんびりとした雰囲気は想定どおり蛇ではなかった・・・。随分太っていたのでツチノコ説もあり(笑)
さすが巨石群の山だけあって、蛇の類にとってみれば住みよい環境なのだろう。
人生初、マムシとの顔合わせとなった。
山頂で荷物を散乱させ祝詞を読み上げる人たち
ガイドにある通り、巨石群が現れ始める。自然物としては違和感を感じる光景だった。位山ピラミッド説があるのも何となく頷ける。パワースポットとして有名で、何かしら感じる人もいるらしい。
道中次々に現れる巨岩に頬ずりしてみるも、手で触れてみるも俗物の私には特にパワーは感じなかった。
しかし天岩戸だけは何か独特の雰囲気を感じた。良いとも悪いとも言い難く、一言でいうと畏敬の念というか怖い場所というイメージだった。参拝し山頂へ向かった。
山頂に到着すると二人の男女がおられた。装束から宗教的な雰囲気を感じる方々だった。山頂に私が踏み入った時に、「踏まないでください!」と大きな声で言われて驚いた。その方々は自身の荷物を山頂に散乱させて足の踏み場に困るような状態を作り出し、その上で他の登山者にそのように言い放つ。男性は「さて、祝詞を奉納するか」と仰った。
私は「踏みそうになり、申し訳ございません」と言い残し山頂を通り過ぎた。
気分の良くない出来事だったが、相手を気遣う気持ちを神様に試されたような気がした。
音を立てる不思議な木
下山途中、今度は正真正銘の蛇が通り過ぎた。なんだかとっても長いものが多い山だなあと思った。
蛇も神様の使いなのだろう。お使いご苦労様ですと念じながら私も転ばぬよう足元に気を付けながら少し急な下り坂を進んだ。
下山ゴールの鳥居までやってくると、一緒に来ていた父が駐車場のベンチで腰を下ろしているのが見えた。父はなぜか登りたがらず、そこで下山する私を待っていたのだ。私も父の隣に腰を下ろすと、開口一番父が「そこの木が不気味な音を立てるんだよ」と言う。耳を澄ませると確かに軋むような「ギィッ、ギィ」という音がする。風の向き枝ぶりなどが音の原因なのだろうが、薄気味悪さがぬぐえなかった。山によく行く私だが、このような音を聞くのは初めてだった。
突然の首痛
下山2-3日後、突然の首痛があり一週間ほど寝たきりとなる。食事もとることができないほどの酷さであった。
※その後半年たっても手のしびれが残ったままとなった。
食事も作れぬ状況で、買い貯めしていたプロテインドリンクが役に立った!
個人的に感じた解釈だが、この突然の首痛は神のさわりとでも言おうか、なぜか独特の神秘性を感じた。
その後体が動かぬ為、余暇の過ごし方が変わった。
アウトドア派だった自分が哲学書、宗教書、政治学、経済学、歴史書などを読むことが好きになった。
表層的には体の不自由さしかなく、周囲から心配されているのだが、その影響として内的自己探求の時間を持つ良いきっかけとなった。
部屋で読書に身を投じ、幸せを感じている心の変化は、位山の神様からの賜りものだろうと思っている。